生活保護基準引き下げ反対埼玉連合会

我が国の「健康で文化的な最低限度の生活」を問う、生活保護基準引き下げに反対する訴訟の勝利を目指して、原告を支援し、運動の輪を広げていくことを目指しています。

くらしの最低保証
引き下げに
NO!

<第12号>くらしの最低保障引下げにNO!

<第12号>くらしの最低保障引下げにNO!

no12

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ニュースリリース:くらしの最低保障引下げにNO!<第12号>です。

ぜひご一読ください。

<内容>

生活保護基準引下げ違憲訴訟 第5回口頭弁論期日  基準引下げに合理的根拠はあったのか?

強風にあおられながら

2月10日,生活保護基準引下げ違憲訴訟第5回口頭弁論期日が開かれました.11時から,強風にあおられながら11時からJR浦和駅で約90人でアピール,1時間ほどで1,000枚のちらしを配りました.「格差と貧困の広がりにSTOP!」というのぼりの下,足を止めてちらしを求めてくる人や「生活保護だけじゃない,年金暮らしもとても厳しい」と話し込む人もいました.暮らし向きがよくならない実感が伝わってきます.

埼玉県労働者福祉協議会,埼玉県労働組合連合会,障害者の生活と権利を守る埼玉県民連絡協議会からスピーチいただきました.

さいたま地裁前には,51席の傍聴券を求め,119人が並びました.「生活保護基準引下げ違憲処分取消等請求事件」第5回口頭弁論は,14時から開始.並行して,埼佛会館にて集会を行いました.

生活保護利用者の状況は

集会では,原告側が主張する内容について、弁護団より説明がありました。

まずは、生活保護を利用する人たちの総体的な状況について。
生活保護利用者のうち高齢者(65歳以上)世帯は1957年(昭和32年)20.1%、1995(平成7)には47.5%に昇っています。

背景に、公的年金制度が不十分で、一般高齢者世帯の生活の悪化があります。
障害者・傷病者世帯においては、障害者手帳所持者と障害者総合支援法に基づく支援を受けている人の合計は511万人で、そのうち生活保護を利用している人は8.7%と多くありません。
それは家族と暮らしているためです(65歳未満87%,65歳以上では82%)。家族の元を離れても公的年金や就労などで生計を維持することは困難な状況です。

生活保護受給者の4分の3は単身世帯でその9割は高齢者世帯、社会参加の機会もほとんどなく孤立しがちです。自殺のリスクが平均の2.4倍から2.7倍という数値がその生きづらさを物語っています。

生活保護の基準は政治的意図で決めてはならない

生活保護基準は、合理的なデータで決められるものと言われています。生活保護の専門家が参加する基準部会が2011年4月に設置されて議論が進められていましたが、2012年12月に自民党への政権交代後の2013年1月の第12回会合で突如事務局から報告書案が示され、その2日後にまとめられました。

自民党は、選挙公約に生活保護費の1割削減させると掲げていました。そして、基準部会で議論されているさなかに、厚生労働大臣が引き下げを明言していました。基準部会の議論を無視し、政治的意図で強行したことが浮き彫りになりました。

政治を正していく

裁判を終えた原告、弁護団が戻り裁判の報告が行われました。
冒頭、中山福二弁護団長より「今回はみなさんの生活実態の総論的なところを報告した。国側の弁護人の声は聞き取りづらいものだったが、こちらの弁護士はメリハリの効いた説明で、裁判官にも説明できたかと思う。今の政治の内容の悪さを正して闘っていく裁判。みなさん頑張っていきましょう」とあいさつがありました。

原告からは,「一部の党の暴走から国民の生活が覆されていいのかと思いながら、今日の裁判に参加した。みなさん、仲間と一緒に応援をお願いします」「前回の期日は参加者の一人だった。障害のある人が、自分は原告になりたいができないと話していて、原告は困っている人の代表で自分も力になれないか、と思ってこの場に立つと決めた。一緒に頑張っていきましょう」と思いが語られました。

問題の根っこは一緒

各団体から応援メッセージもいただきました。

全日本年金者組合埼玉県本部】曽根氏

「年金は2.5%引下げられ,昨年5月に違憲と訴えたがまだ始まっていない。生活保護引下げと中身は共通していると感じた。年金だけでは暮らせない状況、生活保護の運動と連帯していきたい」

【埼玉県社会保障推進協議会】川嶋氏

「生存権裁判の朝日茂さんの闘いが、社保協を誕生させた。共に頑張っていきましょう」

【埼玉県保険医協会】田中氏

「医療の分野でも、一部の不正請求を誇張して医療費が無駄に使われていると宣伝されている。社会保障をどんどん切り下げる流れになっている。悪い政治を正すということが裁判の意義を表している」

【埼玉県労働組合連合会】舟橋氏

「働いていても食べていけない実態が広がっている。生活保護が下がると最低賃金に連動する仕組み。働いても暮らせない実態も伝えていきたい」

たった一人から始まった生存権裁判朝日訴訟

会の後半では、寺久保光良さんが「国と闘った私たちの大先輩朝日茂さん」と題して朝日訴訟についてミニ講座が開かれました。寺久保さん自身、夜間大学で朝日訴訟を学びながら訴訟支援に携わってきたとのこと。
朝日さんは、岡山県の結核療養所にいた方で、生活保護受給者。
当時、入院患者日用品費は月600円で、厚生省の試算では肌着のシャツが2年に1枚、パンツは1年に1枚購入という試算だったようだ。福祉事務所が、35年音信不通だった朝日さんのお兄さんを探し出して仕送りを依頼した。1500円のうち600円は日用品、900円は収入扱いとして取りあげるという。朝日さんは不服を申し立て、裁判を起こした。ただ食べて寝るだけでは人間らしい暮らしとは言えない、自分ひとりの問題ではない、苦労している仲間。国民みんなの問題と考えて裁判を闘いました。

1960年10月、一審では朝日さんが勝ちました。「健康で文化的な生活水準は客観的に決められるもので、時の政権の意向で勝手に決めてはいけない」「生活保護の水準を予算の有無によって決めてはならない。むしろ予算を主導・支配するべき」等、国民の立場に立った画期的な判決でした。朝日さんは東京高裁,最高裁で敗訴しましたが、生活保護基準を16%、日用品費を46%も引上げ、その後長きに渡って生活保護基準を引上げました。

また、寺久保さんは「憲法がアメリカから与えられたという意見もあるが、日本人も百姓一揆や大正デモクラシーで権利を保障しようと闘ってきた。人類が培ってきた思想、勇気と確信をもって、肩ひじを張らずに呑気根気元気にこれからも運動を続けていきたい」と締めくくりました。

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